連続講演会「ライブラリーサイエンスの現在」(第15回)記録
集中講義の一環で連続講演会「ライブラリーサイエンスの現在」(第15回)に参加してきました.
【題目】「武雄市図書館問題から考える図書館の現在―指定管理者、個人情報・プライバシー保護をめぐって―」
【講師】湯淺墾道(情報セキュリティ大学院大学教授)
開催趣旨はイベントホームページからの引用です.
湯浅先生は、情報セキュリティ問題を、法学を中心とする社会科学の観点からご研究されております。情報ネットワークはもちろん、電子書籍や図書館等の問題にも大変造詣が深く、本専攻においては「情報法制論」という科目をご担当いただいています。
公共図書館をめぐる状況は、指定管理者制度の導入をはじめとして、近年急激に変容していますが、なかでも佐賀県武雄市図書館問題は大きな注目を集めました。市民社会の公共性を、情報へのアクセスとの関係から再考することが求められている今日、公共図書館の現在を、あらためてご一緒に考える機会となることを期待しております。
湯淺先生のブログやホームページ
武雄市図書館が演題に入ってるためか,いつもより参加者も多かったような気がします.
講演の内容としては,武雄市の話題を中心に扱うというものではなく,今回武雄市が話題になったことで浮き彫りになった公共図書館の課題(特に指定管理者や個人情報保護)を整理するというものでした.ご自身のブログエントリに沿った内容でした.
また,今回の講演内容は九州大学iTunes U,ライブラリーサイエンスの現在 連続講演会 - YouTubeで後日公開される予定とのことです.
以下,記録,私の理解の範囲です.また,その後の集中講義で補足された内容が一部混ざっています.
指定管理者制度をめぐって
- 公共図書館の役割(現状)
- 各種資料の保存.整理.提供
- レファレンスや自動サービス
- 自習スペースの提供
- 法令上の位置づけ
- 公共図書館は図書館法と自治体条例が根拠法
- 図書館法 第17条 "入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない"
- 予算の現状(日本図書館協会「日本の図書館」より)
- 国内の図書館数は増加
- 資料費総額は減少
- 公立図書館が抱える問題・矛盾
- 自治体の現状
- 人口構造:少子高齢化
- 財政改革:財政逼迫・福祉高齢者医療の支出拡大
- 行政改革
- NPM
- 民間活力の導入
- NPM(New Public Management)
- 公共部門に民間企業の経営管理手法を幅広く導入することで,行政運営・公共サービス供給の効率化・質的向上を実現する理論
- 効率性・サービス性を重視,1980年代イギリスやニュージーランドの行政で形成
- 日本では経費削減部分が重視されている
- NPMの手法
- サービス提供部門への裁量権拡大
- 業績・成果主義の導入
- 独法化により市場原理の導入
- 民営化・指定管理者の導入により民間企業のノウハウを導入
- 撤退や破綻の事例も
- PFI(Private Finance Initiative)
- 指定管理者
- 北九州市の場合
- 図書館への指定管理者導入で経費削減及び利用率の向上(参考.丸山智子. 民間による公共サービス提供の課題~図書館への指定管理者制度導入の事例を中心に~.2008.http://ikkyo-univ.sakura.ne.jp/webs/ipp/consultingproject/2008/CP08Maruyama.pdf)
- 導入の背景
- 「協働」「共動」ブーム
- 深刻な自治体財政
- ガバメントからガバナンス,垂直的な関係から水平的な関係へ
- 参考:秦野市役所公式ホームページ/新はだの行革推進プラン(H23~H27)
- "現在の公共施設を全て維持し続けることは,不可能である","補完性の原理",”行政でなければできないサービスを除いて”など踏み込んだ内容
- ここまで断言しなくても多くの自治体で考えられていることではないか?
- 「協働」「共動」ブーム
- 社会教育施設への指定管理者の導入
- 指定管理者や民間委託はやむをえない?なんでも解決するわけではないし,失敗例もある.
- 職員の非常勤化が進むなか,今後指定管理者等でもコストダウン面でのメリットは消えていくのではないか.
- 各自治体の政策で取捨選択していくしかない
- 図書館法の対価徴収禁止は維持されるのか?法律は『不磨の大典』ではない
- 指定管理者等で参入した企業に対してどこまでの透明性を求めうるのか
- 透明性を求めることは参入企業の競業上の優位性を損ねることにはならないか?
個人情報・プライバシー保護をめぐって
- プライバシー問題の変容
- 旧来:対国家・対マスメディア
- 現在:私人相互のプライバシー侵害,一部大企業に情報が集約されている現状
- 個人情報保護法制
- 個人情報とプライバシーの異同
- プライバシーの重層性(財産権・精神的権利・人格権・コントロール権としての側面がある)
- 「個人情報」とプライバシーの関係,自己情報コントロール権は学説が統一されていない
- 個人情報保護条例
- 識別子
- 特定個人の識別可能性を消去して用いる(ただし,唯一無二性はある)
- 個人識別性が消去された唯一無二の番号の法的規制の可否
- 個人識別性を消去しても,プライバシー侵害の可能性が消えるわけではない利用期間・利用範囲等を考慮したプライバシーへの配慮が必要→PIA(プライバシー影響評価)
- 特定個人の識別可能性を消去して用いる(ただし,唯一無二性はある)
- 指定管理者の個人情報取り扱い
- 民間事業者が指定管理者となった場合,指定管理者が指定管理業務に関わって保有する個人情報は自治体の個人情報保護条例の提起用対象となるか
- 民間事業者が指定管理者となったあとに新規収集した個人情報は,個人情報保護法が適用されるのか自治体の個人情報保護条例が適用対象となるか
- 指定管理の期間が終了した場合等の個人情報の取り扱い
- 廃棄義務があるか
- 自治体への返還義務があるか(条例・契約等に規定がなければ義務なし,ただし期間終了後に利用すると目的外利用)
- 指定管理者が変更になる場合,旧事業者は新事業者に個人情報を引き渡せるか(条例に規定がなければ第三者提供に該当)
- 指定管理者として収集した個人情報と民間の事業者として収集した個人情報を,事業者内部において分離できるのか.そして一体として利活用することの可否は?
- 民間事業者である指定管理者は個人情報保護法と条例どちらの適用を受けるのか,→両方が適用されると自治体ごとに条例が異なるので相当な負担に
- 共同利用:個人情報保護法の規定
- Tポイントカードの規約,「ポイントプログラム参加企業で相互の提供される」「会員のライフスタイル分析」といった記述は具体性を持っているのか,ユーザーにはサービスを利用するためには選択肢が存在しない.
- 一方でさまざまな条件を列記して,空文化するような事例も.
- プライバシーが財産として売り買いされつつある.
まとめ
- 武雄市図書館に関する議論では,従来の地方自治制度で曖昧になっていた部分が浮き彫りになっている
- 現行の個人情報保護法は「公」と「民」の区別が前提だが,その境界融合が自治体で先行している
- 国の立法化で一律に解決というより,まず問題の把握が重要
- 公立図書館の課題
- 予算が増える可能性は絶望的
- 指定管理者の選考過程(どこまで透明性を求めるのか,一方でベンダーロックインにならないことは重要.これは指定管理にかかわらず図書館システムなども含めて)
- 図書館の理念,使命は市民に理解されているのか
- 委託や指定管理者を選択するにしても,その意思決定を担う人材は必要,そういった人材を今後どのように育成するのか
- 紋切り型のサービスでは施設や調度で選ばれてしまい,公立である必然性はない
- 従来の資料を中心として保存整理提供する機能だけでは生き残っていけないのではないか.地域コミュニティのハブとなる機能を重視すべきではないか.
雑感ですが,指定管理者に対して,通常の「公」に求められるのと同等の透明性を求めて良いのか,という視点は個人的に持ち合わせていませんでした.もちろん一定の透明性は確保されるべきですが,ではその企業のノウハウ部分とどの程度切り分け可能というのはなかなか結論の出ない問題のように思います.また,今回の公立図書館の将来像の一つとして示した地域コミュニティのハブという機能は,大学でいえばそれこそラーニングコモンズにあたると思うのですが,公立・大学双方のベストプラクティスを共有できるといいのかなぁと,講演の本筋とは全く関係ないことを感じました.